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仁寺洞(인사동)のGallery Sijacには、展示空間の裏に広い一室があり、そこに遮光したテントを設けて、暗室がわりにしていました。会期中、湿板写真の撮影から現像までを体験するワークショップが企画されていたのです。私もワークショップのテスト撮影に協力するため、ギャラリー前の通りでカメラを構えました。かぶり布の中から、ピントグラスに映る、よく晴れた街を見ていると、なにか安心感にも似たような感覚を覚えました。レンズを通過した光は、フレームによって区切られ、私にとって異国のその土地を、慣れ親しんだ「映像」へと変えたのです。「映像」である限り、街は、私に選ばれ、操作される対象としても在り得るのです。虚構であれ、一つの開口部を通じて暗い部屋から外部を見るとき、そこには、一方的に見ることへの安堵と快楽が、否定しがたく存在したように思えます。
Still image from the movie "Voice(s)"
昨年、長野県信濃美術館での展示に向けて写真を撮りながら、或る種の言葉について考えることが、幾度かありました。「建て替え」や「建て直し」という言葉には暗黙のうちに、その建物の本質、つまり中身は変わることなく、本来的ではない外皮のみが新陳代謝して置き変わる、といった了解が組み込まれているように思えます。長野県信濃美術館の場合にそれは、その名前と、美術館という機能が変わらなければ、建築物を取り壊した後も、それが以前と変わらずそこに在り続けているかのように捉えるということです。それは私たちが、身体の度重なる細胞の入れ替わりに対しても、個々の人物を連続的な存在として認識することにどこか似ています。そうでなければ、その度ごとに常に新しいものとして生まれ変わる世界、という恐怖に、私たちはおそらく耐えられないのでしょう。しかし、それを理解しながらも、或る形と共に失われゆく、そして、失われてしまったものを想うこともまた、私たちには手放し難いように思えます。ある時、私がそこに生きた長野県信濃美術館は、まもなく重機によって粉砕されるであろう、その壁の肌理によってこそ在り得ていたのです。私が腰かけた、窓際に置かれた椅子の位置が、或る時点の信濃美術館の存在を支えていたはずなのです。
写真集「Medium」
写真集「Medium」は以下の場所でご購入いただけます。
・Alt_Medium(東京都 高田馬場)
・NADiff X10(東京都 恵比寿)
書名 : Medium
アートディレクション : 居山浩二[イヤマデザイン]
編集 : 菊田樹子
テキスト : 大日方欣一(写真評論家)
発行 : 塩竈フォトフェスティバル
発行日 : 2015年6 月1日
頁数 : 70頁 収録図版:34点
判型 : H264xW186mm / ソフト上製本
言語 : 和・英2カ国語表記
定価 : 2,800 円(税抜)
協賛 : タワーレコード株式会社、株式会社ニコンイメージングジャパン、
富士フィルム株式会社、マンフロット株式会社
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自作のピンホールをレンズ部として使用しました。レンズ由来の収差が発生しないため、建築物の直線はほとんど歪みません。私たちの眼もレンズに類似した構造を持っていますので、網膜上の像には収差が発生し、かつ倒立像になります。視覚を通じて与えられるイメージは、脳での処理を経た後に、いまここに在るものとして、見られているのでしょうか。